期間工物語 第一話

期間工物語

マグロ漁と、迷っていた。

てっとり早く金を稼ぐにはどうすればいいか、そう考えたとき候補に挙がったのが自動車メーカーの期間工と遠洋マグロ漁の二択であった。他にリゾートバイトなる案もあるにはあったが、時期が悪く今は募集が無いらしい。……いや待て、それを言うならマグロ漁だって窓口がどこだかわかりはしないな。何となく大金を稼ぐのならばマグロ漁という認識が頭の中にあったのだけど、所詮は漫画や小説の受け売りである。考えてみれば今までの人生で一度だってマグロ漁員の募集をしているのを見たことが無い。詰まるところ、この程度の教養しか持たない人間の行き着く発想とも言えなくもない。だから、ここで期間工という選択に行き着いたのは偶然ではなく必然だったのだと今にして思う。

当時はまだインターネットで情報収集するという事があまり一般化していなかった時代である。求職情報誌の裏面にデカデカと貼られた景気のいい謳い文句を鵜呑みにした馬鹿者、もとい若者がひとり、“入社祝い金10万円”、“満了慰労金50万円以上可”、“月収モデル:22日出勤で32万円”などなど、隅の方に小さく(ただし…)などと細かい条件が書かれているのも目に入らず、意気揚々と履歴書を買いに出掛けたのも無理もない話だったのかもしれない。

金が欲しかった。正確に言えば“種銭”が欲しかった。専門学校を辞めようと決意したとき、同時に独り立ちも考えた。さすがに家に居辛いのもあったが、だったら自分の部屋もないような狭い実家を出て思うままに自由を謳歌するのも悪くない。車を買って、行きたいところへ、行ったことの無い場所へと誰に気にするでもなく飛び回る。これまでの抑圧された学生時代の反動からか、それはとても魅力的な考えに思えて仕方が無かった。ひとたび妄想が始まればあれもこれもとやりたい事が膨らみ…弾け、やがてそれは決して手の届かない夢ではないと思うともうそれをせずにはいられなかった。

しかし、そのためには何を以ても金がいる。金を生み出すための種銭がいる……

と言うのも、その頃ようやくパチスロの勝ち方を覚えつつあった僕は、しかし懐の寂しさにいつも歯がゆい思いをさせられていた背景があった。

 (種さえあれば…)

何度そう思ったかわからない。奇しくも時代はパチスロ業界が最も盛り上がりを見せていたハイリスクハイリターンの爆裂AT全盛期。十万入れて二十万出すという勝負が当たり前のように各地で繰り広げられる最中、懐を気にした腰の引けた差し合いでは限度があった。少なくとも自分ではそう感じていた。その頃バイトもしていたけれど、学校に通いながらではせいぜい月に稼げて四万円程度である。爆裂機で一勝負したって、運が悪けりゃ見せ場なく終わりかねない金額である。

金が欲しかった。多少の負けに心が揺らがないだけの金額が欲しかった。具体的に言えば最低百万円は必要だろう。いや、一人暮らしを始めるのであれば引越しや車など、その他雑費で百五十はあった方がいいかもしれない。

どれだけキツくてもいいから、なるたけ早く、手っ取り早くまとまった金が入る仕事がよかった。この間の労働は先行投資、後の楽を買うための苦労。そう割り切る事にしようと思った。ならば苦労は出来るだけ短い時間で済ませたいのもまた人間だパチスロだっていつまでもいい状況が続くとも限らないし、なんならある程度金が溜まったら仕事とパチスロを同時並行すればいい。とにかく動けるのは早ければ早い方がいい、だからといって借金は論外である。

それらを総合したとき、全てを満たすであろう選択肢はもはや期間工しか残らなかった。期間工……正式名称「期間従業員」、または「期間契約社員」。自動車メーカーの工場内作業員である。

第二話へつづく。




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