期間工物語 第十八話

期間工小噺

工場内に木霊する、心地よい工作音の旋律を掻き乱す声。

 (またか、最近やけに多いな…)

声の主は中原さんだろう。

野呂さんが消えた頃から話すようになった彼は、昼食を一緒に食べたり休み時間に話したりしているうちにそのマトモさに気付き始めたのだが、別に特筆する何かがあったわけではない。特筆するおかしな点がなかった事こそが重要なのだ。

だってそれまでに僕は、既に何人もの常識外れな期間さん達を見てきたのだから…。中原さんの年齢は三十代半ばと言った所だろうか、前の職場は朝出社したら潰れていたらしく、他にアテも無いまま給料だけを見てこの地下へと迷い込んできたという変り種。

この期間工にあるまじき常識人風の空気は、或いはまだ離れて間も無い表社会の残り香なのかもしれない。

それだけに最近の中原さんには違和感を覚えていた。どうも覇気がないような、もっと言うと仕事のやる気が無いような。これまでの彼のイメージからはちょっとばかりかけ離れた態度ではあり心配していた。

 「すいませーん」

中原さんがまたトイレ交代を頼んでいる。別にトイレに行く事が悪いわけではないが、まだ昼前だというのに既に四度目だ。腹の具合が悪いのだろうか?いや、それにしては……


そんな事が連日続いたある日、昼食時に中原さんがボソッと僕に話してくれた。

 「実はね、株をやってるんだけど」
 「株……ですか?」
 「うん。ここ数日持ち株の動きが激しくて、気になって気になって……」

どうやら自分の買った銘柄の動きが気になって仕事が手に付かないらしい。一体どれぐらい投資しているのか等は聞かなかったが、日に日に憔悴していく中原さんの姿を見ているとかなりやられているのではと思えてならない。

その上職場での信頼も失っていくなんてもう、いい事が一つもないじゃないか。

 「戸邊くん、株はね、分相応のお金でやるべきだよ」

やがてどういう結果に落ち着いたのやら、元の真面目な業務態度に戻っていったのだけど、だからこそあの中原さんをもってしてもここまで狂わせてしまう株式投資の恐ろしさを感じないわけにはいかない。

彼のおかげで以後しばらく、僕の中で株のイメージは最悪であった。

 

第十九話へ続く。

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