期間工物語 第十七話

期間工小噺

今にして思えばどうして三人以上いるとわかっている隣室に単身、僕のようなガキが直接文句を言いに行けたのかは謎だ。若さと言えばそれまでだろうが、先の暴力男との一件で変な自信がついた部分も或いはあったのかもしれないし、結局何もないのだろうと高を括っていたのもあるのかもしれない。

ただその瞬間は何も考えちゃあいなかった。カッと来たという表現が正しかったか、ただただ驚き隣人達の行動を是正したい気持ちが強かったんじゃないか。

若さを、憤りをそのままドアへとぶつけた。つまり、壁ドンの仕返しのドアドンだ。いや、借金取立てドンと言った方が想像しやすいかもしれない。

 

きっと、ヤバイヤツだと思われたのだろうな。

隣人の対応は居留守、というより無反応であった。果たして出てこられたら僕は第一声で何を言ったのかさえ自分自身わからないので、今となってはその大人な対応に感謝するばかりであるが、ならばまずは壁を殴り返すという行為を控えられなかったのか。深夜に毎日大人数で騒ぐという行為を迷惑と感じられなかったのか。

かくして僕の怒りは暖簾に腕押しとなり、やがて溜飲を下げ部屋へ戻ったのを隣人グループは音で確認したのだろう、そそくさと隣室から人が出て行く気配が伝わった。不思議な物で急激に場が白けてお開きとなった様がこちらからもありありと感じ取れて、実際はどうったのかは定かではないが、とにかくその場はお開きとなったようだ。さすがにそれを追いかけるほどの怒りは既に残っていなかった。

以後一度も隣室で宴会が行われる事はなかったし、ついぞ隣人と鉢合わせする事もなかった。

僕は勝った……のだろうか。釈然としないまま思う事がある。

以前、野呂さんが期間工には変なヤツが多いという話の中で、「黒魔術をやってる隣人に斧を持って追いかけられた人がいる」というのを聞いた事がある。

 (今日のこの出来事はどうだ?)

黒魔術はやっていないが、隣人からしたら楽しく談笑していたら突然隣の変人から壁ドンされて殴りこまれたという認識にはならないだろうか。人に話す際は自分の落ち度はなるべく言わない事が多いだろう、ともすれば「深夜に」「大人数で騒いだ」という現実は塗りつぶされ、変わりに頭のおかしい隣人の殴りこみ劇へとなってしまう。

或いは明日の黒魔術師は僕なのかもしれない。

第十八話へ続く。

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