結論から言えば僕はその後、その雀荘には一度も行っていない。
特にボロ負けしたわけではなく、その日も500円負けというレートを考えれば場代分でちょいと足が出ただけのほぼほぼ勝利と言ってもいい内容だった。
が、やはり危惧していたとおり仲間内の麻雀に一見さんが割り込むという形態にどうしても馴染めず、悪気はないのだろうが一度出した牌を戻したり、先ヅモや三味線紛いの言動と何でもありのお世辞にもマナーの良い場ではなかったのも大きい。
とてもじゃないが、フリの新客であり若造である僕がそれを咎められる空気ではなかった。ならばどうするか、行かなければいいだけの事だ。
雀荘側からすればとんだ珍客だった事だろう。
さて“焼けぼっくいに火がついた”という表現は些か下品だろうか。
たったの数時間ぽっち、それも若干気分の悪い思いをしてさらに金額なんて動いてないに等しいレベルだったのにもかかわらず、その夜の麻雀で久々の非日常感に酔いしれてしまった自分がいた。とにもかくにも刺激的な場ではあったのだ。
(あそこであーしてたら、こうしてたら……)
考える事は次の勝負の事ばかり。仕事中もどこかソワソワし始め、今度は駅前の大型チェーン店に行ってみようとか、歩いていける範囲にもう少しマシな雀荘はないかとか、そんな事ばかりが頭に浮かぶ。
決壊したんだと思う、心のダムが。
たったの一ヶ月そこいらだったが、全く考えないようにしていたものが今は手を伸ばせばすぐ届く場所にある。それは食に始まり娯楽へ移り、やがては快楽や贅沢へと向かうのだろうが、余裕が出来れば欲求はどんどんどんどんエスカレートしていくに違いない。幸いにまだ自由に使えるお金が少ないので週末に遊びに行こうと考える程度だったが、遠からずパチンコ屋に入り浸る未来は見えていた。そもそもそれこそが当初の目的とはいえ、あまりに早いお帰りである。
来たるべき日に備え、パチスロ雑誌も購入してみる。この頃まだインターネットで情報収集をするという事が一般的ではなかったため、雑誌のチェックは必須である。そしてインターネットで物を調べるという事が一般化していなかったためにこんな事件も起きてしまう。
『会員登録ありがとうございます。ここまでのご利用料金3万~円を指定の口座へお支払いください。尚、期日までに入金が確認できない場合…』
(なんだこれ)
パチスロ雑誌の記事の合間に載ってる「エロダイヤル」広告ページが事の発端。一般的にはダイヤルQ2という呼び名が浸透しているだろうが、そこへつい出来心で掛けてしまい……確か、エッチなお姉さんの○○現場みたいな枠だったろうか?何種類かあるうちの一つに、つい、なんとなく、若気の至りと言えばそれ以上の表現はないが、とにかく僕は我慢出来なかったのだ。
だがイザ掛けてみるとお姉さんの声など聴こえはせずに、代わりに音声ガイドが無常を告げる。そこでようやく詐欺だったのだなと気付くのだけど、今でこそ不正請求に対する対処法などがネット上の様々な場所で詳しく解説されているが、当時はそんなものの存在すら知らず、何よりガラケーだ。ネットで調べるという概念が備わっていない時代である。
ナニは萎え、こんな事が罷り通るはずは無いと思いながらも携帯番号が相手にわかってしまっているという恐怖に慄く。一晩中心臓をバクバクさせ翌日、中原さんに慌てて事情を話すと馬鹿笑いと共にすぐさま班内に噂は広まってしまった。
「はっはっは。聞いたぞ戸邊。若いなぁ」
「笑い事じゃないですよ、大丈夫なんですか本当に」
「大丈夫大丈夫、誰もが一度は通る道だ」
どこから噂を聞きつけたのか、部長の田原さんまで笑いに来て、不安がる僕を笑うだけ笑った後に大丈夫だと言われたって携帯の請求額を確認するまで気が気では無い。後年パチスロ界の歴史を変えたといわれるモンスターマシン「北斗の拳」が設置されホールを賑わせ始めていたのだが、その熱狂の裏こんなくだらない事で肝を冷やしていた阿呆もいるのである。
第十六話へつづく。
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