期間工物語 第十二話

期間工物語

キンコーンカーンコンッ・・・ラインの停止と共にエーデルワイスのテーマが工場内に木霊する。これを選んだやつはセンスがいいなと思いながら、45分の待ちわびた昼休憩。我先にと食堂へと急ぐ。

HONDAの飯は美味い。たったの300円前後でお腹一杯おいしい定食を食べられるのだから、それも社員証でのカード清算。つまり給料天引きなのだから金欠の僕には何より有難いひと時だった。

メニューはA定食にB定食、ラーメン、カレーと言った具合にある程度レールが敷かれている。僕は娑婆に出るまでついに蕎麦やラーメンと言った麺類に手を出したことがなかったが、それもこれもここの「ご飯」が美味すぎたせいだ。そして若かったせいだ。大盛り無料が魅力的すぎたせいだ。

野呂さんがいたころは、どちらともなく一緒にご飯を食べることが多かった。野呂さんはどこで見つけたのか、或いは本当に他の会社の期間工での知り合いだったのか、別の部署の友人を引き連れていて、結果僕らの座るテーブルはいつも大所帯。そのテーブルの中心人物だった野呂さんと仲が良かった僕は何時の間にか他の人とも打ち解けるようになっていた。

・・・と思っていたのは野呂さんがいた間だけで、彼の脱走以降は残った人達で一緒に卓を囲うという事もなく、結局野呂さんの人並みはずれた社交性で持っていた関係だったんだなと苦笑いしたものだ。

その頃、もはや工場内の空気に慣れきっていた僕は一人飯でも全然構わなかったのだが、野呂さんがいなくなった頃から別の人間が声を掛けてくるようになっていた。

 「戸邊くん、今日はカレー?」

 「え?ああ、中原さんはいつものラーメンですか」

中原さんという、今まで全く絡みが無かった同期組の一人だ。野呂さんがいなくなった直後から急に話し掛けてくるようになり、何時の間にか一緒にご飯を食べる仲になっていた。

 「あの人、逃げたんだって?」
 「え?ええ」

野呂さんが消えた翌日、初めて交わした会話がこれだ。野呂さん最後の置き土産とでも言おうか、思えば僕は野呂さんに世話になりっぱなしだなと思いつつ、彼をきっかけにまた新たな知り合いを獲得したわけだ。

中原さんは正直これまで全く絡んだことがなかったというか、印象にすら残らなかった人である。実際に昼など一緒にいるとわかるが、一ヶ月経とうと言うのにまだ工場内で仲の良い人がいないらしい。そして野呂さんがいなくなったタイミングで声を掛けてきたという事実が嫌でも穿った見方をさせてしまう。恐らく、中原さんはずっと僕に話しかける機会を窺っていたに違いない。

無論、僕が知り合いになりたいぐらい素晴らしい人間だったというわけじゃなく、同期であり、最年少でもあり、話しかけるには妥当な相手だったということがひとつ。

それから最初に野呂さんが言っていたが、「期間工と社員の壁」。この頃になると段々その得体の知れない隔たりを感じるようになってくるのだが──大森さんは例外──、そんなわけで社員とも打ち解けられず・・・・・・。

そして何よりもこれが本題だろう。そう、僕らの同期がマトモじゃなかったことだ。風俗狂いの常時ラリってるようなハイテンションの石川さんに、野呂さんの後に入ってきた根暗を絵に描いたような無口の武田さん。そして一見社交性抜群なのに最速逃亡を果たした野呂さんに・・・

手前味噌だがこの中で話しかけるなら自分だと思う。なんなら逃亡前なら野呂さんでも良かったのだろうが、いなくなった今は僕しかいないと強く思うのだ。それぐらい頭のおかしい人ばかりと言われている期間工の中で、中原さんはマトモすぎた。常識人すぎた故にこれまで話し相手すら見つけられなかったのだ。

僕がマトモかと言われると怪しいところだが・・・・・・

第十三話へ続く。

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