期間工物語 第十一話

期間工物語

一ヶ月もすればもうベテランだ。

その頃になると僕は既に余裕を持って作業を進めることが出来るようになっていたし、さすがにベテランは言いすぎかもしれないが、少なくとも周りに迷惑をかける事はなくなっていた。立派な戦力と言えただろう。

そうしてこの頃になると作業中、段々と時間の進みが遅くなる事に気がつき始めていた。

と言うのも、始めの頃はただただ夢中で、一台終わったらすぐに次の一台、また一台と目の前の作業に精一杯だった。それでも時折訪れるラインの一時停止の際にまだこれだけしか時間が経っていないかと愕然としたものだ。

今は逆に、色々考える余裕が出来たからこそ時間の遅々とした歩みに愕然とする。

当時メインで流れていたオフロード系のバイク。一人頭の持ち時間は約二分弱で、それが一日百四十五台も流れてきて……と計算し始めたらさあ大変。もちろんその百四十五台が終われば別のバイクを組み立てるのだ。退屈防止というわけではないのだろうが、バイクは種別で日に作る量は決まっていて、生産計画表を渡されているのでそれを見ながら休み時間に材料などを用意しておくものだが、その材料の減り方が絶望を加速させる。

 (バイクが一台、バイクが二台、バイクが三台……)

羊の数え歌の如く、ある日実験的に数えながら進めてみたけどすぐにやめた。持ち場に置かれた材料BOX、そこにある金具がまったく減っていかないのだ。意識すればするほどそれはより一層顕著となる。それはある種のホラーで、この後に続く百数十台のさらなる苦行を意味していた。

 (俺はあと何ヶ月こんな事を続けるのだ)

延々と同じ作業を繰り返すライン工の宿命とも言えるこの命題に、遅まきながらようやく気がついたのだ。

この頃の僕は五分に二度時計を見ていた気がする。つまりバイク一台毎に時計を見ていたという事になる。

 「そういう時はねー、頭を無にすればいいんだよ」

 「無ですか、どうやって?」

バイクを挟んで向かいで作業をしている大森さんに相談してみるとこんな答えが返ってきた。普段から何も考えて無さそうな明るいキャラの返答だけに内心苦笑いを堪えたわけだが、聞いてみるとこれはなかなか……

 「私はねー、カラオケしてるかな」
 「カラオケ?」

何だかんだで僕より二年ほど長い正社員の大森さん。きっと同じ事で悩んだ時期があったのだろう。そして彼女が導き出した答えがカラオケだった。カラオケとはとどのつまり、頭の中で歌うのだそうだ。

 (こ、この人普段そんな事してたのか)

余裕がある時はお喋りをしていて、余裕のない時は頭の中で歌っていたと。なるほど通りで何も考えて無さそうだったわけだが、実際何も考えていなかったようだ。

とは言え先輩の意見である。騙されたつもりで大森流を実践してみると、これがなかなかどうして具合がいい。はじめ、そんな事をしたら作業に支障が出るのではと思っていたが、やってみると全くそんな事はなく、むしろ壊れたレコードのように何度も何度も同じ曲をリピートしていく内に、やがて時間の感覚が麻痺してきて、しかし不思議なことに目の前の作業にはより一層集中している自分がいるのだ。

集中していると時間の流れも早い。

考え事をしながら行う作業は手も頭も使い二重で疲れるが、歌うという行為は少なくとも大して頭を使わないので楽なのだろうか。

とは言えこの方法にも落とし穴があった。

 (あれ?ここどういうメロディだっけ)

うろ覚えのメロディラインを口ずさむとどうしてもしっくりこない箇所が出てくる。どうでもいいことのように思えて、性格もあるのだろうが僕はそれがとても気になった。何度も頭の中でこれだというのを探していると……

 「ねえ、ちょっと戸邊くん!?前のやつスタンドついてないように見えたけど大丈夫?」

 (運命~だ~から?……うんめ~いだから?)
 「戸邊くん??」
 (……運命だから~??)
 「ちょっと!」
 「えっ!?」

メロディラインに集中する余り、不良を出してしまったのだ。それも二台連続で。さらにヘルプを頼むのも遅れたためラインを停める事になった。何気に僕の完全なミスでラインを停めるのはこれが初めてであった。

 「どうしたよ戸邊?珍しいな」

 「え、ええ。すいません」

まさかメロディがしっくり来なかったからなどと言い訳も出来まい。後日大森さんにそれを話すととても嬉しそうだった。

第十二話に続く。

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