期間工物語 第九話

期間工物語

宿泊先へと宛がわれたビジネスホテルは三階建てだが、実はここには宿泊者しか気付かない3.5階とも呼べるフロアがある。それは屋上へと続く踊り場なのだがひっそりと洗濯機と乾燥機が置かれていた。

言わずもがな、期間工のための簡易コインランドリーなのだろう。良心的だったのが一切金を取らないという点である。そのため、ほぼ毎日洗濯機と乾燥機はフル回転していたわけだが…

 (あっ、また別の人が使ってやがる)

恐らく僕らが入社し始めた繁忙期で五十名近い期間工員が寝泊りしていたこのホテル。早番と遅番で半々だったとしても常時十名前後がこの洗濯機を狙っているのだ。洗濯に約四十分、乾燥に至っては約一時間。たった一組の洗濯機と乾燥機を奪い合って日夜暗闘が繰り広げられるのは当然と言えば当然だった。

洗濯機はその構造上ボタンを押してお終いではない。洗濯が終わった後、洗濯槽から衣類を取り出しようやく一回転を終えるのだ。その後乾燥機に突っ込もうが部屋干ししようが各人の自由であるが、とにかく洗濯槽から衣類を出さねば終わらない。いや、始まらない。乾燥までやってくれる全自動洗濯機ならその限りではないのだろうが、生憎そんな洒落た設備はここにはないのだ。

つまり、次の人間は衣類が取り出されていないと洗濯機を使うことが出来ないわけで。それはなるべく邪魔にならないよう、洗濯が終わるタイミングで衣類を取りに来ないといけないとも言える。

一度、洗濯槽に「殺すぞ」と書かれた紙が置かれていたことがあった。脇には踊り場の床に投げ捨てられた衣類の束。ティッシュ塗れであった。

状況的に、いつまで経っても洗濯し終わった衣類を回収しに来なかった人に対し次の人間が痺れを切らしたのであろう。触りたくも無い見ず知らずのオッサンの衣類を嫌々取り出そうと思ったら洗濯槽がティッシュ塗れ…そりゃあ怒る。

この踊り場における暗黙の了解である「洗濯し終わった衣類をどけておく袋なりカゴ」を用意していなかった前任者も悪かったのだが、それにしても床にバラまかれていたのは相応の悪意を感じずにはいられなかった。

バラ撒かれた衣類などお構い無しに洗濯機は暢気に回り続けてる。

いっそホテル側で踊り場での決まりごとでも決めてくれればいいのに、『洗濯機は使わせてやるぞ、後は知らん』というスタンスで一切ノータッチを貫いている。揉め事は自分で解決しろという事なのだろう。

だが時折こういう事があるからこそ、誰に言われたわけでもないのにここには不思議な秩序が存在しているのかもしれない。

とにかく、この「殺すぞ」という短いながらも迫力満点のメモ書きに恐怖を覚えた僕は以後必要以上に洗濯終了の時間を気にするようになった。

ボロい洗濯機のためタイマー機能などはなく、見た目で後何分ともわからない。部屋にいると終了の電子音も聞こえないため、確認すべく何度も部屋と踊り場の間を往復する事になるのだが…

これが新たな火種を生むとは思いもしなかった。

第十話へ続く。

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